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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)1175号 判決

上告人

株式会社德陽相互銀行

右代表者

早坂啓

右訴訟代理人

三島卓郎

被上告人

佐々木行樹

右訴訟代理人

織田信夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三島卓郎の上告理由第一について

原審の適法に確定したところによると、(一) 上告人は、訴外新栄観光開発株式会社(以下「新栄観光」という。)に対する債権(以下「上告人の被担保債権」という。)を担保するため、新栄観光所有の建物及び第三者所有の不動産(以下、併せて「本件建物等」という。)並びに訴外大塚得男所有の本件土地及び株式会社大一商産(以下「大一商産」という。)所有の建物(以下、併せて「本件土地等」という。)を共同抵当の目的として、その各所有者から、極度額を一億五五〇〇万円とする第一順位の根抵当権の設定を受け、次いで極度額を二億七〇〇〇万円とする本件建物等について順位二番、本件土地等について順位三番の根抵当権を、さらにその後極度額を三億二五〇〇万円とする本件建物等について順位三番、本件土地等について順位四番の根抵当権の各設定を受けた、(二) 被上告人は、大塚ほか二名を連帯債務者として七七九万円を貸し付け、これに基づく債権(利息及び遅延損害金を含む。以下「被上告人の被担保債権」という。)を担保するため、大塚及び大一商産からその各所有の本件土地等について第二順位の抵当権の設定を受けた、(三) 大塚は、上告人と前記各根抵当権設定契約を締結する際、物上保証人が弁済等によつて上告人から代位によつて取得する権利は、上告人と新栄観光の取引が継続している限り、上告人の同意がなければ行使しない旨合意した、(四) 上告人は、第一順位の根抵当権に基づき、本件各不動産の競売の申立をしたところ、物上保証人大塚及び同大一商産所有の本件土地等が競売され、その競落代金から、上告人は、上告人の被担保債権の元本七億一九八六万〇八二八円及び損害金四億一五〇三万〇八七一円のうち、元本につき一四七〇万三三八〇円、損害金につき三一一万六〇〇〇円合計一七八一万九三八〇円の弁済を受け、次いで新栄観光ら所有の本件建物等について競売され、代金六億円が納付された、(五) 仙台地方裁判所は、本件建物等につき上告人の有する第二、第三順位の根抵当権が、本件土地等について被上告人の有する第二順位の抵当権に劣後するものとして、上告人に対して上告人の被担保債権の元金につき一億二六二七万四六二〇円を、次いで被上告人に対して被上告人の被担保債権の元金につき七七九万円、損害金につき三一一万六〇〇〇円、合計一〇九〇万六〇〇〇円を、第三順位として上告人の被担保債権の元金につき四億五七五九万〇八五〇円を交付する旨の交付表を作成した、(六) 上告人は、本件建物等につき上告人の有する根抵当権は被上告人の本件土地等についての抵当権に優先するものとして異議を述べた、というのである。

ところで共同根抵当の目的である債務者所有の不動産と物上保証人所有の不動産にそれぞれ債権者を異にする後順位抵当権が設定されている場合において、物上保証人所有の不動産について先に競売がされ、その競落代金の交付により一番抵当権者が弁済を受けたときは、物上保証人は債務者に対して求償権を取得するとともに、代位により債務者所有の不動産に対する一番抵当権を取得するが、物上保証人所有の不動産についての後順位抵当権者(以下「後順位抵当権者」という。)は物上保証人に移転した右抵当権から債務者所有の不動産についての後順位抵当権者に優先して弁済を受けることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五〇年(オ)第一九六号昭和五三年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号七八五頁参照)。右の場合において、債務者所有の不動産と物上保証人所有の不動産について共同根抵当権を有する債権者が物上保証人と根抵当権設定契約を締結するにあたり、物上保証人が弁済等によつて取得する権利は、債権者と債務者との取引が継続している限り債権者の同意がなければ行使しない旨の特約をしても、かかる特約は、後順位抵当権者が物上保証人の取得した抵当権から優先弁済を受ける権利を左右するものではないといわなければならない。けだし、後順位抵当権者が物上保証人の取得した一番抵当権から優先して弁済を受けることができるのは、債権者が物上保証人所有の不動産に対する抵当権を実行して当該債権の弁済を受けたことにより、物上保証人が当然に債権者に代位し、それに伴い、後順位抵当権者が物上保証人の取得した一番抵当権にあたかも物上代位するようにこれを行使しうることによるものであるが、右特約は、物上保証人が弁済等をしたときに債権者の意思に反して独自に抵当権等の実行をすることを禁止するにとどまり、すでに債権者の申立によつて競売手続が行われている場合において後順位抵当権者の右のような権利を消滅させる効力を有するものとは解されないからである。以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

債権者が物上保証人の設定にかかる抵当権の実行によつて債権の一部の満足を得た場合、物上保証人は、民法五〇二条一項の規定により、債権者と共に債権者の有する抵当権を行使することができるが、この抵当権が実行されたときには、その代金の配当については債権者に優先されると解するのが相当である。けだし、弁済による代位は代位弁済者が債務者に対して取得する求償権を確保するための制度であり、そのために債権者が不利益を被ることを予定するものではなく、この担保権が実行された場合における競落代金の配当について債権者の利益を害するいわれはないからである。

これを本件についてみると、原審の適法に確定した前記事実関係のもとにおいては、物上保証人である大塚及び大一商産は、その各所有の本件土地等の競売により、第一順位の根抵当権者としての上告人がその被担保債権につき弁済を受けた一七八一万九三八〇円の範囲内で、上告人が新栄観光ら所有の本件建物等に対して有する一番抵当権を代位によつて取得し、その一番抵当権から、本件土地等の第二順位抵当権者である被上告人並びに第三順位及び第四順位の根抵当権者である上告人は、それぞれの順位に従つて優先弁済を受けることができるところ、本件建物等の競落代金の配当にあたつては、上告人の残債権について上告人に優先されるから、本件建物等の競落代金六億円より競売手続費用を控除した残額五億九四七七万一四七〇円のうち順位一番の根抵当権に配当されるべき一億五五〇〇万円については、上告人が一億三七一八万〇六二〇円(上告人の順位一番の根抵当権の極度額一億五五〇〇万円から上告人が弁済を受けた一七八一万九三八〇円を控除した残額)の交付を受け、次いで、右一七八一万九三八〇円について被上告人が一〇九〇万六〇〇〇円、上告人が残余の六九一万三三八〇円の交付を受けるべきものであり、さらに上告人は本件建物等の第二順位及び第三順位の根抵当権者として残額四億三九七七万一四七〇円の交付を受けるべきものである。したがつて、以上と異なる原審の判断は違法であり、仙台地方裁判所の作成した交付表は右のとおり変更されるべきである。しかしながら、交付表が右のとおり変更されるべきであるとしても、被上告人の配当額には変更がなく、上告人は右配当額から配当を受けることができないから、上告人には右の配当につき異議を述べる利益がなく、したがつて、上告人の本訴請求は理由のないことが明らかであるから、これを排斥した原審の判断は結論において正当というべきである。論旨は、採用の限りでない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(矢口洪一 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 髙島益郎)

上告代理人三島卓郎の上告理由

第一、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背(民法第三九二条第二項、第三七二条、第三〇四条第一項、第五〇〇条、第五〇一条等の解釈、適用を誤つた違法)があり、破棄を免れないものである。

一、原判決は、民法第三九二条第二項、第三七二条、第三〇四条第一項、第五〇〇条、第五〇一条等にもとづき、本件の場合債務者たる新栄観光株式会社所有の不動産上の後順位抵当権者である控訴人(上告人)と、物上保証人である訴外大塚得男等所有の不動産上の後順位抵当権者である被控訴人(被上告人)との関係では、被控訴人が優先するとせざるを得ない、と判示したうえ上告人が本件交付表に対する異議理由の一として

「民法五〇一条の代位に関し『債権者と債務者との間に債務の履行につき特約が存する場合、右特約に基づく権利も代位の客体となる』ということは通説の認めるところである。右特約が債権者に有利な場合であると不利益な場合であるとで右の理の適用に差異が生ずる謂れはないし、代位が民法五〇一条に基づく場合であると他の理由に基づく場合であるとで代位の客体の範囲に差異が生ずべき謂れもない。被控訴人が物上保証人の権利を代位行使しうるとしても、被代位者の権利そのものが既述特約による制約を免れないものである以上、被控訴人が代位行使する権利は控訴人の債権に劣後することになる。」

と主張したのに対し、

「大塚は自己自身大一商産の代表取締役として、本件各根抵当権を設定した都度、物上保証人が弁済等により債権者たる控訴人から代位によつて取得する権利は、控訴人と新栄観光との取引が継続している限り、控訴人の同意がなければ行使しない、との約定をしていることが認められる。本件競売によつても新栄観光の債務が残存している以上控訴人との取引関係が継続しており、大塚は控訴人の同意なしには物上代位権を行使しえないわけである。」

と認定しながら

「しかしながら債権者と物上保証人との間の右特約は、物上保証人所有の不動産に後順位抵当権を取得した者を拘束するものではない。けだし、前段説示のとおり、後順位抵当権者は物上保証人が民法五〇一条によつて取得した求償権そのものの効力としてではなく、弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなることにより(その効果は契約によつて生ずるものではない)、右抵当権から優先して弁済を受けうるものだからである。」

と判示している。

二、しかし、後順位抵当権者が原判決の判示するような理論によつて――即ち、「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなることにより」――先順位抵当権から優先して弁済を受けうるとしても、右の「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権」それ自体に特約にもとづく制約が附着していた場合、その制約は後順位抵当権者をも制約するはずである。

なぜならば、民法第五〇一条にもとづく代位に関し「債権者と債務者との間に債務の履行につき特約が存する場合、右特約にもとづく債権者の権利も代位の客体となる」ということは、通説の認めるところである(有斐閣注釈民法一二巻三四七頁及び同書引用の各文献参照)が、右特約が債権者に有利なものであると不利なものであるとで右の理の適用に差異が生ずる謂はないし、代位が民法第五〇一条にもとづく場合であると、他の理由にもとづく場合であるとで、代位の客体に差異が生ずべき謂も存しないからである。

三、もつとも、原判決は、前記のような効果は物上保証人が民法第五〇一条によつて取得した求償権そのものの効果として生ずるのではないとしているが、「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権」の効力が問題である以上、民法第五〇一条についての右二記載の理論がそのまま本件にも適用されて然るべきと思料される。

また、「債権者と物上保証人との特約にもとづく制約は、弁済により移転する『債権者の先順位抵当権』そのものに附着した制約ではないから、右抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保することとなつた際には、右制約は後順位抵当権者を拘束し得ない」という見解もあり得ないではないと思われる。

しかし、右の制約は、まさに、「債権者の先順位抵当権」を物上保証人が行使するについての制約であるから、原判決判示の法理によつて後順位抵当権者が右権利を行使し得ることとなるとしても、その際、右制約に拘束されることは当然と思料される

ちなみに、右の法律関係は、債権譲渡に関する法律関係に類似するところが多いが、後者について民法第四六八条第二項が、譲渡人と債務者との間に存する瑕疵を譲受人がそのまま受け継ぐべきことと定めている趣旨は、右の如き法律関係にも、そのまま準用されるべきと思料される。また、本件の場合の債権者と物上保証人との間の特約は、全国の相互銀行等金融機関が統一約定書にもとづき広く一般的に行つているものと同一であり、相互銀行等の金融機関が本件の場合に限らず、一般的に取引先と右のような特約をなしていることは公知の事実であるから、本件の場合特約の存在について、代位権者の善意、悪意を論ずる余地もないものである。

四、従つて、前記一のように、「債権者と物上保証人との間の特約は、物上保証人所有の不動産に後順位抵当権を取得した者を拘束するものではない」と判示している原判決は、民法第三九二条第二項、第三七二条、第三〇四条第一項、第五〇〇条、第五〇一条等の解釈、適用を誤つた違法があると言わざるを得ないが、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

仍つて原判決は、その点において、破棄を免れないものと思料される。

第二、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背(民法第三九二条第二項、第三七二条、第三〇四条第一項、第五〇〇条、第五〇一条等の解釈、適用を誤つた違法)があるばかりでなく、理由不備、理由齟齬の違法があり、破棄を免れないものである。

一、原判決は、前記のように

「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなる」

と判示していながら、上告人が

「本件交付表において、控訴人が第一順位で交付を受けるべき金額は金一億二、六二七万四、六二〇円、被控訴人が第二順位で交付を受けるべき金額は金一、〇九〇万六、〇〇〇円とされているが、両者合わせても控訴人の一番抵当権の極度額金一億五、五〇〇万円に達しない結果となつているのであるから、本件交付表は少なくともその点において誤つているといわなければならない。」

と主張したのに対し、

「控訴人は共同抵当権の目的たる本件土地等の落競(ママ)代金から一、七八一万九、三八〇円の弁済を受けており、以上の合計金一億五、五〇〇万円である以上、本件競売において右金額を超える部分を第一順位で取得しうるものでないことは明らかである。よつて控訴人の右主張は理由がない。」

と判示している。

二、しかし、原判決が判示しているように、物上保証人所有の不動産につき先に配当が行われた場合、「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなる」としても、その結果はたかだか債権者の先順位抵当権の一部(弁済額に相当する部分)が後順位抵当権者に移転したと同様の事態になるだけであり、債権者が自己の有している先順位抵当権にもとづき、既に受けた弁済額を差引いた残額につき全額権利を行使し得ることは疑う余地のないところである。

即ち、本件の場合、上告人が原判決の所謂「本件土地等」の競落代金から一、七八一万九、三八〇円の弁済を受けた結果として、上告人がその余の物件につき有する極度額金一億五、五〇〇万円の根抵当権の一部が被上告人の債権を担保するものとなるとしても、上告人は、依然として、右の極度額から弁済額を差引いた残額(一億五、五〇〇万円から一、七八一万九、三八〇円を差引いた残額、金一億三、七一八万〇六二〇円)について権利を行使し得るはずである。従つて、上告人が第一順位で交付を受けるべき金額が金一億二、六二七万四、六二〇円にすぎないということは、原判決が判示しているところからも、とうてい導き得ないところである。

三、原判決は、前記のように、上告人及び被上告人に交付すべき金額と、一、七八一万九、三八〇円とを加えたものが金一億五、五〇〇万円となることを理由に上告人の主張を斥けている。

しかし、それでは、「弁済により物上保証人に移転した債権者の先順位抵当権が後順位抵当権者の被担保債権を担保するものとなる」のではなく、「弁済によつて債権者の先順位抵当権の一部(弁済額に相当する部分)は消滅し、そのうえ、さらに同抵当権の一部につき後順位抵当権者が権利行使し得る」という結果にならざるを得ないが、それが失当であることは明らかである。

けだし、原判決の判示するところによつても、被上告人は後順位抵当権者として、一、七八一万九、三八〇円という弁済額の範囲内で権利を代位行使し得るにすぎず、上告人の先順位抵当権から一、七八一万九、三八〇円を控除したうえ、さらに、別個に、一、七八一万九、三八〇円の範囲で権利を行使し得るものとは言い得ないからである。

四、従つて、前記一、のように判示している原判決は、右のような意味においても民法第三九二条第二項、第三七二条、第三〇四条第一項、第五〇〇条、第五〇一条等の解釈適用を誤つた違法があると言わざるを得ないが、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

また、原判決は前記二、三、のような意味において、理由不備、理由齟齬の違法があるものと言わざるを得ない。

仍つて、いずれの点よりみるも原判決は破棄を免れないものと思料される。

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